2023年4月15日午前11時半頃、和歌山市において行われていた岸田文雄首相の遊説の際に、突如として爆発物に似たものが投げ込まれる事件が発生。

幸いなことに、首相は警護を務める警察官と素早く避難し、無事でけがもありませんでした。
この混乱の中、投げたと見られる男は地元の漁師に取り押さえられた後、警察官らによって威力業務妨害容疑で現行犯逮捕されましたが、安倍元首相襲撃に続く大惨事になる可能性もあったこの事件。
日本の治安に対して不安に思うツイートも多数されていて、改めて日本の安全神話に対して疑問が投げかけられています。
そこで今回の記事では
- 首相在任(現役)中に襲撃を受けた首相
にスポットを当てて見ていきたいと思います!
過去にあった在任(現役)首相の襲撃事件
「日本は安全だろう」と、こんな思い込みが多い戦後の日本。
確かに海外に比べれば犯罪率などは低く、夜にも治安を気にすることなく繁華街に遊び出ることもできます。
しかし、あくまで犯罪率が低いだけであって犯罪が起きないわけではありませんね。
これまで歴史上でテロ行為も多数行われてきた日本。そんな日本で現役首相時に襲撃を受けた5人を見ていきたいと思います。
- 原 敬
- 濱口 雄幸
- 犬養 毅
- 岡田 啓介
原敬首相
「平民宰相」として親しまれた原敬首相。

原首相は1921年(大正10年)11月4日に悲劇的な最期を迎えました。
その日、立憲政友会近畿大会へ出席するため、東京駅へと足を運んでいた原首相。

多くの見送り人に囲まれている中、乗車口の改札へ向かっていく原首相の姿に、中岡艮一という国鉄職員が忍び寄り、短刀で右胸を突き刺しました。

重傷を負った原首相は、自宅で治療を受けましたが、傷が右肺から心臓に達しており、ほぼ即死状態だったとされています。

後に明らかになった中岡容疑者の供述で暗殺を駆り立てた要因が判明。
原敬が政商や財閥中心の政治を行ったこと、野党の提出した普通選挙法案に反対したこと、また尼港事件が起きたことなどによって暗殺を考えるようになった
他にも襲撃の理由や説があるとか。
原首相を襲った中岡容疑者は、無期懲役の判決を受けましたが、1934年(昭和9年)に恩赦が下り、釈放されたようです。
濱口雄幸首相
「ライオン宰相」と称された風貌を持つ濱口雄幸首相。

濱口首相は、1930年(昭和5年)11月14日に東京駅で、右翼活動家の佐郷屋留雄容疑者によって銃撃されるという悲劇に。

一命は取り留めましたが、療養生活により首相を退任し、翌年の1931年(昭和6年)8月26日にお亡くなりになりました。

事件当日、岡山県で行われる陸軍の演習を視察する予定で立った濱口首相。
東京駅のホームで列車を待っていましたが、そこへ右翼団体愛国社の社員である佐郷屋留雄容疑者が近づき、至近距離から銃撃。
濱口首相は銃撃された直後も意識がはっきりしており
大丈夫だ
と声をかけていました。その後、東京帝国大学医学部附属病院に搬送され、一命は取り留めましたが、首相は辞任。襲撃翌年にお亡くなりになりました。
濱口氏を撃った佐郷屋留雄容疑者は死刑判決を受けました。

しかし、恩赦により無期懲役に減刑され、1940年(昭和15年)に釈放されています。
犬養毅首相
かつて文部大臣や逓信大臣を歴任した犬養毅首相。

犬養首相は、1932年(昭和7年)5月15日、首相官邸で青年将校が起こしたクーデター(五・一五事件)に巻き込まれ、銃撃。即死は免れましたが、その日の夜遅くに命を落とされました。

5月15日、犬養首相は当初、来日中だった人気コメディアン、チャーリー・チャップリンさんとの宴会が予定されていましたが、変更となり、終日官邸に滞在していました。

官邸に侵入した将校たちは、犬養首相と政治問答を交わした後、
話せばわかる
問答無用、撃て、撃て
青年将校らが発砲、犬養首相は重傷を負いました。
将校たちは彼が死んだと思い立ち去りましたが、犬養首相はまだ息があり、
呼んで来い、いまの若いモン、話して聞かせることがある
と立ち去った将校たちを呼び戻すよう女中に話したんだとか。
負傷した犬養首相に医師による治療が施されましたが、その日の23時26分に死亡が確認されました。
首相官邸を襲撃した三上卓は、禁錮15年の判決を受けましたが、1938年(昭和13年)に恩赦が下り、釈放。

その後、三上容疑者はクーデター未遂事件「三無事件」に関与したとして逮捕されましたが、証拠不十分で釈放されました。
岡田啓介首相
「国を想う大狸」と称された岡田啓介首相。

岡田首相は、歴史的襲撃事件である二・二六事件の初日に、皇道派の影響を受けた陸軍青年将校たち率いる反乱軍による襲撃を受けました。

首相官邸が襲撃され、反乱軍は岡田首相を殺害したと誤認しましたが、実際に命を落としたのは岡田首相の義弟であり秘書官の松尾伝蔵氏。

一方、岡田首相は女中部屋にかくまわれて無事でした。
しかし、この事件の影響で、岡田内閣は総辞職せざるを得ない状況に。
ここから日本は第二次世界大戦へと進んでいくこととなりました。
まとめ
今回の記事では、在任中に襲撃を受けた首相たちについて見てきました。
戦前であれど、首相が襲撃された事件は多く、テロ国家のひとつと言われてもおかしくはありませんね。
今回スポットを当てたのは戦前に襲撃された首相たちでしたが、戦後についてもまた見ていきたいと思います。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。